ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 マルコによる福音書5章

聖書日課 マルコによる福音書5章(新共同訳 新約pp.69-71)

「会堂長の一人でヤイロという名の人が来て、イエスを見ると足もとにひれ伏して、しきりに願った」(22~23節)

 会堂長というのは、当時のユダヤ社会において、人々から一目置かれる名誉ある立場だった。そういう立場にある人が、何があったにせよ、人目を憚らず、イエス・キリストの足もとに平伏し、頻りにお願いした。相当な勇気と覚悟が必要だったことだろう。

 この時、ヤイロは必死だった。彼の幼い娘が死にかけていたからである。だからこそ、彼は、自分の立場も名誉もそっちのけで、イエス・キリストの足もとに平伏した。ヤイロにそうさせたのは、娘に対する愛以外の何ものでもない。真実の愛は人を謙遜にさせる。

 そしてこの時、ヤイロはイエス・キリストにこう願った。「わたしの幼い娘が死にそうです。どうか、おいでになって手を置いてやってください。そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう」(23節)。これは或る意味で、イエス・キリストに対するヤイロの信仰告白と言えるだろう。ヤイロは、イエス・キリストには娘の病を癒す力があるとはっきり信じていたのである。

「そこで、イエスはヤイロと一緒に出かけて行かれた」(24節)。

 このように、真実の愛と真実の信仰がある時、イエス・キリストは必ずその人の所に来て、共に歩んで下さる。

 前章では、イエス・キリストと共に歩んでいた弟子達の不信仰が戒められていた。激しい突風に慌てふためく弟子達に対し、イエス・キリストは「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」(4章40節)と言われた。しかしここでは、イエス・キリストと初めて出会ったであろうヤイロの確かな信仰が記されている。この違いはどこから生まれたのだろうか。ヤイロが遭遇していた、娘の病、娘の死という苦難がそうさせたのではないか。

「わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、忍耐は練達を、練達は希望を生むということを。希望はわたしたちを欺くことがありません」(ローマの信徒への手紙5章3~5節)