ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 マルコによる福音書4章

聖書日課 マルコによる福音書4章(新共同訳 新約pp.66-69)

「その日の夕方になって、イエスは、『向こう岸に渡ろう』と弟子たちに言われた。そこで、弟子たちは群衆を後に残し、イエスを舟に乗せたまま漕ぎ出した。ほかの舟も一緒であった。激しい突風が起こり、舟は波をかぶって、水浸しになるほどであった」(35~37節)

 ガリラヤ湖は周りを山で囲まれた湖で、急に突風が吹いて来るようなことが時々起こった。この時もそうだった。弟子達の多くは漁師なので、湖に舟を漕ぎ出すことには慣れていただろう。しかし、そこに突然、激しい突風が起こり、舟は大波に揺れ動かされて水浸しになってしまった。

 信仰の人生においても、同じようなことが起こる。突然、思いもよらない災難に見舞われ、にっちもさっちも行かなくなって、右往左往してしまうような事態に陥ることがある。そのような時、私達は「何故こんなことになってしまったのか?」「イエス様と共に歩んでいるのに、どこに問題があったのか?」と色々思い悩むことだろう。

「しかし、イエスは艫の方で枕をして眠っておられた」(38節)

 或る人は、ここに問題があったのではないかと述べている。つまり、イエス・キリストを眠らせてしまったことに問題があったというのである。もしかしたら弟子達は、イエス・キリストそっちのけで、自分達だけで話し込んでいたのかも知れない。或いは、疲れ果てて、皆で眠りこけていたのかも知れない。いずれにせよ、イエス・キリストが折角一緒の舟に乗っているのに、イエス・キリストを一人舟の艫の方で眠らせてしまったのである。

 私達も、信仰の生涯を歩む中で、イエス・キリストを一人で眠らせてしまうようなことはないだろうか。私達の興味と関心が、イエス・キリストよりもこの世の何ものかに移ってしまい、折角イエス・キリストが共にいて下さるのに、イエス・キリストとの交わりを楽しみ、その御声を聞き、導きをいただいて生きることから離れてしまっていることはないだろうか。

 激しい突風が起きたのは、まさにその時だった。慌てふためいた弟子達は、漸くイエス・キリストに目を向け、声をかけた(38節)。するとイエス・キリストは起き上がり、風を叱り、湖に「黙れ、静まれ」とお命じになった。忽ち風は止み、湖は凪になった(39節)。この時、イエス・キリストは弟子達にこう言われた。

「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」(40節)

 これは、イエス・キリストと共に歩んでいた弟子達に対する言葉である。その意味で、これはイエス・キリストを信じる全ての者に向けて語られている言葉でもある。