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沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 マタイによる福音書16章

聖書日課 マタイによる福音書16章(新共同訳 新約pp.31-32)

 16章には、イエス・キリストの公生涯における大事な転換点となる出来事が記されている。それは、十二弟子の一人ペトロが、イエス・キリストに向かって「あなたはメシア、生ける神の子です」と信仰告白したことである(16節)。

 どうしてそれが大事な転換点なのかというと、この時から、イエス・キリストガリラヤでの宣教を終えて、エルサレムに向けて旅立たれたからである。勿論、イエス・キリストは今までも何度かエルサレムに行っている。しかし、今回のエルサレム行きにはこれまでとは全く違った意味と目的があった。

 それは、ペトロの信仰告白を受けたイエス・キリストが、その直後から、弟子達に十字架と復活についてはっきりと教え始めたことにも示されている(21節)。この時を境に、イエス・キリストは十字架に向かってまっすぐに歩み始めたのである。

 それにしても、何故この時なのだろうか? 勿論、それは主なる神が定められたことだから、人間には分からない。しかし、一つ言えそうなのは、ペトロがイエス・キリストをメシア(救い主)と明確に信じたことと関わりがあるのではないかということである。

 弟子達も含めて、当時のユダヤ人の多くは、いわゆる地上的なメシアを待望していた。彼らは、ローマ帝国の支配を打ち破って世界の王となるような救い主を待ち望んでいた。しかし、真のメシアはそのような姿では来られなかった。イエス・キリストは、十字架にかかって死に、3日目に復活するために来られた。それによって全ての人を罪から贖うためである。

 地上的メシアと受難のメシア、人々の期待と真のイエス・キリストの姿には、このように大きな隔たりがあった。今、ペトロの信仰告白を聞いたイエス・キリストは、この隔たりをはっきり意識しつつ、いよいよ真実のメシアとしての使命を果たすべき時が来たことを知ったのではないか。

 私達の身代わりとなって死ぬために来られた救い主、それが主イエス・キリストである。イエス・キリストは、御自分の命を十字架の上に投げ出して、私達を全ての罪から贖い、永遠の命の中に導き入れて下さった。ここに真のメシアの姿がある。

 真の救いは、この十字架と復活によって100%確立された。この救いの中に、真の赦しと癒し、祝福と永遠の命がある。それ故私達もイエス・キリストにこう告白しよう。「あなたはメシア、生ける神の子です」と。