ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 マタイによる福音書13章

聖書日課 マタイによる福音書13章(新共同訳 新約pp.24-27)

 イエス・キリストは、沢山のたとえ話を語られた。たとえ話というのは、内容を分かり易くするために用いるのが普通だが、イエス・キリストのたとえ話は、少し違っていた。イエス・キリストが〈種を蒔く人〉のたとえの最後に言われた、「耳のある者は聞きなさい」(9節)という言葉に、その秘密が隠されている。

「耳のある者は聞きなさい」…勿論これは、文字通り耳の有無について言われたのではない。「耳のある者」は、本気でイエス・キリストの教えを聞き、その教えに本気で従おうとしている者という意味で言われている。つまり、このたとえでは、本気でイエス・キリストに聞き従う弟子として生きていこうとしているかどうかが問われている。

 イエス・キリストは言われた。

「あなたがたには天の国の秘密を悟ることが許されているが、あの人たちには許されていないからである。持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。だから、彼らにはたとえを用いて話すのだ。見ても見ず、聞いても聞かず、理解できないからである」(11~13節)

「あなたがた」とは、イエス・キリストの弟子達のことで、「あの人たち」とは、群衆のことである。多くの人々が、イエス・キリストの奇跡を求めて集まってきたが、イエス・キリストの教えに本気で聞き従おうとする人は殆どいなかった。そのため、彼らは「見ても見ず、聞いても聞かず、理解できない」ということになってしまった。それは、イエス・キリストに対する心の姿勢が、弟子達とは全く違っていたからである。

 真の弟子とは、そういう「耳のある者」のことであり、〈種を蒔く人〉のたとえの中で言われている「良い土地」も、同じく、そういう「耳のある者」のことである。そのように「御言葉を聞いて悟る人」は、100倍、60倍、30倍の実を結ぶ(23節)。