ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ゼカリヤ書11章

聖書日課 ゼカリヤ書11章(新共同訳 旧約pp.1491-1492)

 大祭司ヨシュアと総督ゼルバベルらの指導によって神殿が再建され、民はしばらくは信仰に燃えていた。しかし、指導者がいなくなると、次第に真実の信仰から離れ、形式や儀式だけの信仰に陥っていった。

 いわゆる律法学者や、ファリサイ派サドカイ派と呼ばれる指導者が出現し始めたのは、この頃からである。律法学者やファリサイ派は、人間の伝統と負い切れない重荷によって民を縛り、サドカイ派世俗主義によって人々を惑わした。実に彼らは、自分達の利益を求め、羊が屠られても憐れむことのない羊飼いだった(5節)。

 この頃、預言者ゼカリヤもまた羊を飼い、「好意」と「一致」と名付けられた2本の杖を手にした(7節)。これは主の導きによるものであり、ゼカリヤは良い羊飼いの役目を果たすモデルとされた。ところが…

「わたしは一月のうちに三人の羊飼いを退けた。わたしは彼らに我慢できなくなり、彼らもわたしを嫌った。そして、わたしは言った。『わたしはお前たちを飼わない。死ぬべき者は死ね。消え去るべき者は消え去れ。残った者は互いに肉を食い合うがよい。』」(8~9節)

 せっかく良い羊飼いが来たのに、指導者も民も皆揃って、良い羊飼いであるゼカリヤを嫌い、退けた。そのため、「好意」と「一致」と名付けられた杖は折られ、主の契約は破棄され、ユダとイスラエルの兄弟の契りも無効にされてしまった(10節、14節)。この時、ゼカリヤが羊の商人達に賃金を要求すると、彼らは銀30シェケルをゼカリヤに支払った(12節)。すると、主なる神はゼカリヤに言われた。「それを鋳物師に投げ与えよ。わたしが彼らによって値をつけられた見事な金額を」(13節)。

 これはやがて、ユダがイエス・キリストを銀貨30枚で売り渡すことによって成就する預言である(マタイによる福音書26章14~15節、27章9節)。ゼカリヤが嫌われて、銀30シェケルという安値で値積もりされたように、真の良い羊飼いとして来られた主イエス・キリストも、人々に退けられ、僅か30枚の銀貨で売り渡された。

 しかし、主なる神は、このような愚かな人間の拒絶と罪の全てを十字架の上で受けとめ、自らその呪いの全てを引き受けて下さった。それによって私達が真の良い羊飼いのもとに帰り、赦しと恵みと祝福に満ちて生きるために。