ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ホセア書14章

聖書日課 ホセア書14章(新共同訳 旧約pp.1419-1420)

 ホセア書の最終章は、イスラエルの回復と祝福の言葉で終わっている。愛されていながら夫を裏切り、姦淫の罪に陥った妻ゴメルを、ホセアはなお迎え入れた。それはまさに、主なる神への信仰を捨てて偶像を拝んだイスラエルの民をなお愛し、なお赦し、「イスラエルよ、立ち帰れ/あなたの神、主のもとへ」(2節)と呼びかける主なる神の愛を証しするものであった。

 聖書のメッセージは単純明快である。聖書は全巻を通して、「立ち帰れ/あなたの神、主のもとへ」と呼びかけている。

 主なる神に立ち帰ることは、自分が咎と悪の中にいると認めることから始まる(2節)。私達は、多くの場合、悩みや苦しみの中で主なる神の救いを求めるようになる。しかし、問題が解決した途端、また自分の好き勝手な道を歩み始める人が何と多いことか。それは自分の咎と悪についての自覚が深まっていないところに原因があるように思う。

 悩みや苦しみが解決するのは喜ばしいことである。しかし、更に大切なことは、私達が自らの罪と咎を悟り、悔い改めることである(3節)。それが主なる神に立ち帰るということである。

 また、主なる神に立ち帰ることは、主なる神とその御力に信頼し、拠り頼むことでもある。当時アッシリアは世界の最強国であり、軍馬は戦争の強力な道具であった。しかし、イスラエルの人々が第一に信頼すべき方は主なる神であり、真に拠り頼むべきはその御力である(4節)。それが主なる神に立ち帰るということである。その時、主なる神は立ち帰った者にこう言われる。

「わたしは背く彼らをいやし/喜んで彼らを愛する。まことに、わたしの怒りは彼らを離れ去った。露のようにわたしはイスラエルに臨み/彼はゆりのように花咲き/レバノンの杉のように根を張る。その若枝は広がり/オリーブのように美しく/レバノンの杉のように香る。その陰に宿る人々は再び/麦のように育ち/ぶどうのように花咲く。彼はレバノンのぶどう酒のようにたたえられる」(5~8節)