ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えました。

【BOOK】牧師

William H. Willimon, Pastor: The Theology and Practice of Ordained Ministry, Nashville, Tenn.: Abingdon Press, 2002
(越川 弘英, 坂本 清音訳『牧師――その神学と実践』東京: 新教出版社, 2007年, pp.393-394)

使徒言行録などに登場するキリスト者たちは、自分たちが新しい時代に生きる特権を与えられていることを確信していたが、それは彼らが知らされていた古い時代の終わりについての認識を土台とするものであった。彼らがこうした考えを持つようになったのは、彼ら自身が既存の秩序の限界について、いわゆる『現実的(リアリスティック)な判断』を下したからではなく、イエスの生と死、復活と昇天が新しい現実(リアリティ)を創り出したという彼らの主張に基づくものであった。そういうわけで、使徒言行録の冒頭は、イエスの昇天の出来事、『今や玉座に座っているのはどなたなのか』、『世界を治めるのはどなたなのか』という劇的な主張をもって始まるのである。この世を支配する方が十字架にかけられた方でもあったということは、支配の本質をまったく異なるものに変えてしまう(すなわち、この神は古い時代の暴力的方法によってではなく、愛という方法を通して勝利を得られる)。それはまた、次の課題として、『それでは私たちはいかに生きるべきか』という問いに対してもまったく異なる答えを生み出すことになる(すなわち、歴史の判断するところに私たちを委ねるのではなく、神の力に信頼して実践する赦しと苦しみの愛によって私たちは生きる)。キリスト者は、他の人とまったく同様に、『現実的(リアリスティック)』である。私たちはただ、この世が慣習的に受け入れている『現実とは何か』をめぐる定義に、根本的に対立しているというだけのことである」