ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年に伝道開始50年を迎えます。

聖書日課 ホセア書1章

聖書日課 ホセア書1章(新共同訳 旧約p.1403)

 ホセアは、紀元前8世紀の中頃から後半にかけて、北王国イスラエルで活躍した預言者である。当時イスラエルはヤロブアム王によってダビデ王以来の繁栄を回復していた(1節)。しかし、反面、人々は繁栄に胡坐をかいて堕落し、異教の神々を取り入れて淫乱な生活を続けていた。そのため裁きと滅亡の日が近づきつつあった。

 或る日、主はホセアに言われた。「行け、淫行の女をめとり/淫行による子らを受け入れよ。この国は主から離れ、淫行にふけっているからだ」(2節)

 これは、結婚後に不倫の罪を犯した妻とその子を受け入れよという、主なる神の命令であったろうと思われる。何と衝撃的な命令だろうか! しかし、それは主なる神への愛と従順を捨てて偶像に走っていたイスラエルを、主なる神がなお愛して下さっていることの証しでもあった。

 その一方で、ゴメルが産んだ3人の子供達の名前には、主なる神の愛を裏切り続ける民への厳しい裁きの意味が込められていた(3節)。長男の名イズレエルは、北王国のイエフ王家が断たれた地名であり、北王国イスラエルの滅亡を象徴していた(4~5節)。また、長女の名ロ・ルハマは「憐れまれぬ者」(6節)、次男の名ロ・アンミは「わが民でない者」という意味で(8節)、いずれも罪を犯し続ける民の行く末が暗示されていた。

 イスラエルの度重なる裏切りにもかかわらず、主なる神は彼らをなお愛し、なお赦して、受け入れ続けて下さった。そして、やがてそのために、主なる神は独り子イエス・キリストを十字架にかけることさえして下さった。預言者ホセアは、そのような主なる神の愛と誠実を、自分自身の生き様を通して、その時代の人々に訴え続けた。「それでも主なる神はあなたがたを愛しておられる!」と。

 あなたはそのような主なる神の熱い愛を本気で受けとめて生きているだろうか。