ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えます。

聖書日課 エゼキエル書42章

聖書日課 エゼキエル書42章(新共同訳 旧約pp.1366-1367)

 エゼキエルが見た神殿の北側と南側には、「神聖な部屋」と言われる所があった。そこは「主に近づく祭司たちが最も神聖なものを食べる」場所であり、「穀物の献げ物、贖罪の献げ物、賠償の献げ物」など、「最も神聖なもの」が置かれている所であった(13節)。

 旧約時代、祭司は特別に選ばれた人々の務めであった。彼らは、神殿で主なる神に仕える聖なる者たちであり、献げ物をささげることを通して主なる神と人の間の交わりを築いていく役目を果たしていた。その役目を果たすために、祭司たちは、神聖な場所で、神聖なものを食べることが必要だったのである。

 しかし、新約時代の今、祭司の務めと役割は特別の人々のものではなくなった。これは〈万人祭司〉と言われる教えで、イエス・キリストによって罪を赦され救われた全ての人々が、祭司として、礼拝を通して讃美と感謝をささげ、自分自身をささげて、主の御心に従い、主と共に、主に喜ばれる者として生き、それによって、この世界に主なる神の栄光を現し、世の人々にイエス・キリストによる赦しと救いをもたらす使命を果たす者とされたのである。

 しかし、たとえ万人が祭司となったとしても、祭司に神聖な部屋と、神聖な食べ物が必要なことに変わりはない。そのために、主なる神は、祈りと御言葉、そして教会の交わりを供えて下さった。

「だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる」(マタイによる福音書6章6節)

「聖書はすべて神の霊の導きの下に書かれ、人を教え、戒め、誤りを正し、義に導く訓練をするうえに有益です。こうして、神に仕える人は、どのような善い業をも行うことができるように、十分に整えられるのです」(テモテへの手紙二3章16~17節)

「また、はっきり言っておくが、どんな願い事であれ、あなたがたのうち二人が地上で心を一つにして求めるなら、わたしの天の父はそれをかなえてくださる。二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(マタイによる福音書18章19~20節)

 神聖な交わりの中で、祈りと御言葉という聖なるものを食し続ける者でありたい。