ようこそ、西原新生バプテスト教会のブログへ!

沖縄県中頭郡西原町にあるプロテスタント教会です。毎週日曜日10:30から礼拝をささげています。家のような教会で、御言葉の分かち合いと祈りを大切にしています。2022年9月に伝道開始50周年を迎えました。

聖書日課 詩編

聖書日課 詩編120編

聖書日課 詩編120編(新共同訳 旧約p.968) 本編から134編までの詩には、「都に上る歌」という表題が付けられている。これには幾つかの説があるが、エルサレムで行われる三大祭に、人々が国内外から詣でる時に歌われた詩であると思われる。 「【都に上る歌。】…

聖書日課 詩編119編169~176節

聖書日課 詩編119編169~176節(新共同訳 旧約p.968) 119編最後の段落は、主なる神の「御言葉」への「賛美」と導きと「救い」を求める「嘆願」の祈りをもって終わっている。 「(タウ)主よ、わたしの叫びが御前に届きますように。御言葉をあるがままに理解させ…

聖書日課 詩編119編161~168節

聖書日課 詩編119編161~168節(新共同訳 旧約pp.967-968) 真に「恐れる」ものは何か? 信仰にとって、これは非常に重要な問題である。主なる神を信じるというのは、主なる神を「恐れる」ということがあってこそ、真実なものとなる。 「(シン)地位ある人々が理…

聖書日課 詩編119編153~160節

聖書日課 詩編119編153~160節(新共同訳 旧約p.967) 迫り来る迫害と「苦しみ」の中で、詩人は主なる神の「助け」と「救い」を必死に願い求めた。その中で、詩人は3度も繰り返し「命を得させてください」と主なる神に祈っている。これは、いかにその迫害が激…

聖書日課 詩編119編145~152節

聖書日課 詩編119編145~152節(新共同訳 旧約pp.966-967) この段落には、内容的に並列する節が随所に見られるが、それによって詩人の思いが、より深く、より強く迫って来る。 「(コフ)心を尽くして呼び求めます。主よ、わたしに答えてください。わたしはあな…

聖書日課 詩編119編137~144節

聖書日課 詩編119編137~144節(新共同訳 旧約p.966) この段落にも、主なる神の御言葉に対する詩人の熱く激しい思いが表されている。 「(ツァデ)主よ、あなたは正しく/あなたの裁きはまっすぐです。あなたは定めを与えられました。それはまことに正しく確か…

聖書日課 詩編119編129~136節

聖書日課 詩編119編129~136節(新共同訳 旧約pp.965-966) この段落では、まず主の「御言葉」への賛辞と「渇望」が語られている。 「(ペー)あなたの定めは驚くべきものです。わたしの魂はそれを守ります。御言葉が開かれると光が射し出で/無知な者にも理解を…

聖書日課 詩編119編121~128節

聖書日課 詩編119編121~128節(新共同訳 旧約p.965) 人間の常識としては、誰かの「保証人」になるというのは、災難が降りかかることになるかも知れない危険な行為である。箴言にもこう書かれている。 「他国の者の保証人となれば災難がふりかかる。手を打っ…

聖書日課 詩編119編113~120節

聖書日課 詩編119編113~120節(新共同訳 旧約p.965) 「律法」、「御言葉」、「戒め」、「仰せ」、「掟」、「定め」、「裁き」、この段落にも、主なる神の御教えに対する詩人の一心な思いが表現されている。 「(サメク)心の分かれている者をわたしは憎みます…

聖書日課 詩編119編105~112節

聖書日課 詩編119編105~112節(新共同訳 旧約p.964) 私達は時々、自分がどこにいるのか、また、どこに向かって進んで行くべきかが分からず不安になるということがある。 しかし、暗い夜道も足下が明るければ安心して歩くことが出来、また現状は問題だらけで…

聖書日課 詩編119編97~104節

聖書日課 詩編119編97~104節(新共同訳 旧約p.964) これまで見てきたように、第119編は、主なる神とその戒めに対する愛と信頼に満ち溢れた詩である。しかし、その中でも、この段落は格別である。それは、冒頭に「わたしはあなたの律法を/どれほど愛している…

聖書日課 詩編119編81~88節

聖書日課 詩編119編81~88節(新共同訳 旧約p.963) 主なる神の律法に従おうとしない「傲慢な者」が、信仰者を「絶え果てさせよう」と「落とし穴を掘り」、「偽りをもって」「迫害」する…。教会の歴史の中で、絶えず繰り返されてきた現実である。 「(カフ)わた…

聖書日課 詩編119編73~80節

聖書日課 詩編119編73~80節(新共同訳 旧約pp.962-963) 前段同様、ここにも詩人が主なる神によって「苦しめられた」ことが記されている。それは詩人が迷いに陥ったための苦しみであった。その迷いは、主なる神の「戒め」に逆らう「傲慢な者」の「偽り」によ…

聖書日課 詩編119編65~72節

聖書日課 詩編119編65~72節(新共同訳 旧約p.962) 信仰者の人生にも、誘惑や迷いがある。この詩人も、主なる神の教えから「迷い出て」、「卑しめられ」る経験をした。しかし、主なる神の恵みは、そのような苦しみと辱めの中にさえも注がれていた。それは、こ…

聖書日課 詩編119編49~56節

聖書日課 詩編119編49~56節(新共同訳 旧約p.961) 「神に逆らう」「傲慢な者」から「甚だしく見下」され、「苦しみ」と「怒り」の中にある詩人は、主なる神が「御言葉」を「待ち望ませて」下さっていることを悟る。 「(ザイン)あなたの僕への御言葉を思い起…

聖書日課 詩編119編41~48節

聖書日課 詩編119編41~48節(新共同訳 旧約p.961) この時、詩人は、時の権力者或いは支配者から何らかの圧迫を受けていた。それによって、詩人は「辱め」られていた。そのような状況の中で、詩人は主なる神に向かって信仰の決意表明を行っている。 「(ワウ)…

聖書日課 詩編119編33~40節

聖書日課 詩編119編33~40節(新共同訳 旧約p.960) 詩人はひたすら主の「掟に従う道」を歩むことを願った。その「道を示し」、その道を「理解させ」、その「道にお導きください」と求めた。 「(ヘー)主よ、あなたの掟に従う道を示してください。最後までそれ…

聖書日課 詩編119編25~32節

聖書日課 詩編119編25~32節(新共同訳 旧約p.960) 25~32節は、罪の告白と悔い改めの詩である。「偽りの道」に陥った詩人の「魂は悲しんで涙を流し」、「塵」の中に「着いてい」た。 「(ダレト)わたしの魂は塵に着いています。御言葉によって、命を得させて…

聖書日課 詩編119編17~24節

聖書日課 詩編119編17~24節(新共同訳 旧約pp.959-960) 詩人は「傲慢な者」による「辱めと侮り」で苦しみの中にあった。彼らは「地位ある人々」でありながら、主なる神の「戒めから迷い出」て、詩人に対して謀を企てていた。 「(ギメル)あなたの僕のためにお…

聖書日課 詩編119編9~16節

聖書日課 詩編119編9~16節(新共同訳 旧約p.959) 「若者」とは、必ずしも年齢的に若い人のことではない。信仰経験が乏しく、霊的に未熟な者という意味である。経験不足で未熟な信仰者が、清い歩みを続けていくために第一に必要なものは何か? それは、主なる…

聖書日課 詩編119編1~8節

聖書日課 詩編119編1~8節(新共同訳 旧約pp.958-959) 第119編は、詩編の中で最も長い詩で、176節にも及ぶ。最も短い第117編が僅か2節しかなかったことと比べると、何と88倍もある。 その上、第119編は、ただ長いだけでなく、技巧的にも優れている。全体が22…

聖書日課 詩編118編

聖書日課 詩編118編(新共同訳 旧約pp.957-958) 第118編は、人を「恐れ」ず主なる神に信頼することを勧める詩であり、信頼に応えて下さる主なる神をほめたたえる〈賛美の詩編〉でもある。今日は、この中の一つの御言葉に目を留めたいと思う。 「家を建てる者…

聖書日課 詩編117編

聖書日課 詩編117編(新共同訳 旧約p.957) 「えっ? これでおしまい?」と思わず言ってしまいそうなほど短い詩、それが第117編である。勿論、詩編の中で最も短い詩であるが、或る注解者は、この第117編について「ここに人生の結論がある」と言っている。 「主を…

聖書日課 詩編116編

聖書日課 詩編116編(新共同訳 旧約pp.956-957) 第116編は、主なる神への愛と信頼を表明する美しい神賛美の詩である。 「わたしは主を愛する。主は嘆き祈る声を聞き/わたしに耳を傾けてくださる。生涯、わたしは主を呼ぼう。死の綱がわたしにからみつき/陰…

聖書日課 詩編115編

聖書日課 詩編115編(新共同訳 旧約pp.955-956) 主なる神は目に見えない。形に表すことが出来ないからである。というよりも、形に限定することは不可能である。 それに対し、「偶像」は、目で見て、手で触れることが出来、実にきらびやかで分かり易いのが特徴…

聖書日課 詩編107編

聖書日課 詩編107編(新共同訳 旧約pp.947-949) 主なる神が私達を救い、癒して下さるということは、観念的なことではない。また私達の思い込みでも、気休めでもない。現実的に行われるものである。 「苦難の中から主に助けを求めて叫ぶと/主は彼らの苦しみに…

聖書日課 詩編106編

聖書日課 詩編106編(新共同訳 旧約pp.945-947) 第105編と同様に、第106編も、神の民イスラエルの歴史を振り返りつつ、神の民が主なる神との関わりの中でどのように歩んできたかが語られている。特に第106編では、民の「罪」が記されており、主なる神が「罪」…

聖書日課 詩編104編

聖書日課 詩編104編(新共同訳 旧約pp.941-942) 私達は食べることによって生きている。毎日食べることなしに生きることは出来ない。 しかし、今日私達のもとに食べ物があるということは奇跡である。毎日「太陽」が昇ること、季節に従って雨が降り、適度な気温…

聖書日課 詩編103編

聖書日課 詩編103編(新共同訳 旧約pp.939-941) 「冠」と聞いて、思い浮かべるのは、王がかぶる〈王冠〉だろう。金やプラチナで作られ、宝石が組み込まれている。国家の威信をかけて、最高の材料と最高の技術をもって作り上げるのが王冠である。 そこに現され…

聖書日課 詩編102編

聖書日課 詩編102編(新共同訳 旧約pp.938-939) 人生に痛み、心沈む時、私達は孤独を感じる。「荒れ野のみみずく、廃墟のふくろうのように」たった「ひとり」でこの苦しみを通らなければならないかと思うと、やるせない思いに満たされる。 「わたしは呻き/骨…